しげ|左手1本の、60代のヒント|62歳|58歳で脳梗塞→左手一本+ChatGPTで再出発

【体験談】脳梗塞で失語症になった私が、会話を取り戻すまでの記録

脳梗塞で失語症になった私が、左手とAIを使いながら少しずつ再出発している様子を表したアイキャッチ画像

2022年2月。

私は脳梗塞を発症しました。

その後に残ったのが、

右半身の麻痺と失語症でした。

頭の中ではわかっている。

伝えたいこともある。

でも、

言葉が出てこない。

今まで普通にできていた会話が、突然できなくなりました。

これは、私にとってとても大きな変化でした。

それから少しずつ、

言語リハビリをする。

文字で伝える。

スマホを使う。

家族に待ってもらう。

できる方法を探してきました。

今でも、会話は得意ではありません。

それでも、

できることは少しずつ増えました。

この記事では、脳梗塞で失語症になった私が、言葉とどう向き合ってきたのかを、自分の体験としてまとめます。

※この記事は私自身の体験談です。失語症の症状や回復の経過には個人差があります。診断や治療については、医師や言語聴覚士などの専門家にご相談ください。

目次

失語症とは

失語症は、脳の言葉に関わる部分が損傷することで、

  • 話す
  • 聞いて理解する
  • 読む
  • 書く

といった言葉の働きに影響が出る状態です。

原因としては、脳梗塞や脳出血などの脳卒中があります。

失語症といっても、症状は人によって違います。

言葉が出にくい人。

相手の話を理解しにくい人。

読むことや書くことが難しくなる人。

私の場合は、

頭ではわかっているのに、言葉として出すことが難しい

という場面が多くありました。

脳梗塞で突然、言葉が出なくなった

脳梗塞になる前は、

会話することを特別に意識したことはありませんでした。

でも、発症後は違いました。

話したい。

伝えたい。

でも、

言葉が出てこない。

相手が待ってくれていても、言葉が出ません。

頭の中では、

「これを言いたい」

とわかっていることもあります。

それなのに、口から出てこない。

このもどかしさは、実際に経験するまで想像できませんでした。

会話ができないことで、

「自分の考えまで伝えられなくなった」

ように感じることもありました。

最初に始めたのは言語リハビリ

発症後は、言語聴覚士によるリハビリを受けました。

言葉を出す練習。

絵を見て名前を答える練習。

文字を読む練習。

書く練習。

日常会話の練習。

一つひとつ取り組みました。

最初から大きな変化があったわけではありません。

でも、

昨日より少しできた。

そんな小さな変化を重ねていきました。

うまく言えない日もありました。

思うように言葉が出ず、落ち込むこともありました。

それでも、

できたことを一つずつ増やす。

その気持ちで続けました。

「話す」以外の方法も使った

失語症になって気づいたことがあります。

コミュニケーションは、

声だけではありません。

私は、

  • メモ帳
  • ホワイトボード
  • スマートフォン
  • 文字入力
  • ジェスチャー
  • SNS

なども使いました。

私にとって特に大きかったのが、

文字で伝えること

でした。

話すのは難しくても、

文字なら考える時間があります。

消して書き直すこともできます。

うまく言葉が出ないときでも、

「別の方法なら伝えられる」

と気づけたことは、大きな支えになりました。

今も私は、

無理に話すことだけにこだわらず、

自分に合った伝え方を使う

ようにしています。

家族の「待ってくれること」が助けになった

失語症になってから、

家族との会話も変わりました。

すぐに言葉が出ない。

途中で止まる。

違う言葉が出る。

そんなことがあります。

そのとき助かったのが、

急がせずに待ってくれること

でした。

「早く言って」

ではなく、

私が言葉を探す時間を待ってくれる。

表情やジェスチャーも見てくれる。

必要なら文字で確認する。

こうしたやり取りに、とても助けられました。

言葉が出ないとき、

周りの人が待ってくれるだけでも、

気持ちはかなり違います。

「伝えようとしていいんだ」

と思えるからです。

少しずつ社会とつながるようになった

リハビリを続けながら、

少しずつ外の人とも関わるようになりました。

最初は、

挨拶だけ。

短い会話だけ。

それでも十分でした。

できることを少しずつ増やしていきました。

そして今は、

文章を使って発信する

という方法も使っています。

ブログ。

note。

X。

ChatGPT。

話すことが難しくても、

文字なら伝えられることがあります。

以前とは違う方法ですが、

今の自分に合う形で、社会とつながる。

そう考えるようになりました。

今も会話は苦手。でも、できることは増えた

失語症になったからといって、

ある日突然、すべて元通りになったわけではありません。

今でも会話では、

言葉が出にくいことがあります。

伝えるのに時間がかかることもあります。

一方で、

私は自分の得意・不得意も少しずつわかるようになりました。

私の場合は、

話すよりも、文字で伝える方がやりやすい。

だから、

できない方法に無理に合わせるのではなく、

できる方法を使う。

そう考えるようになりました。

以前と同じ形に戻すことだけが、前に進むことではないと思っています。

今の自分に合う方法を見つける。

それも、大切な前進です。

私が失語症から学んだ5つのこと

① 焦らなくていい

すぐに言葉が出なくても、

時間をかければ伝えられることがあります。

焦るほど、言葉が出にくくなることもあります。

だから私は、

急がず、自分のペースで話す。

これを意識しています。

② 話す以外の方法もある

コミュニケーションは、声だけではありません。

  • 文字
  • スマートフォン
  • ジェスチャー
  • メモ
  • AI

使えるものを使えばいいと思っています。

③ 小さな変化も前進

昨日できなかったことが、

今日は少しできた。

それも十分な前進です。

大きな変化だけを見ず、

小さな「できた」を大切にする。

私はそう考えるようになりました。

④ 周りの理解は大きな支えになる

言葉が出るまで待ってもらえる。

急かされない。

それだけでも、気持ちはかなり違います。

失語症は、本人だけでなく、

周りの人の理解にも助けられると感じています。

⑤ 自分に合う方法を探せばいい

以前と同じやり方ができなくても、

別の方法があります。

私は、

できないことより、今できる方法を探す。

ようになりました。

妻への感謝

失語症になってから、

妻には本当に助けてもらいました。

病院。

買い物。

人との会話。

言葉が必要な場面で、

私の代わりに伝えてくれたこともあります。

そして何より、

私が言葉を探すのを待ってくれました。

うまく話せないときも、

急がせず、

必要なら文字で確認しながら、

ずっと支えてくれました。

今でも、

「ありがとう」だけでは足りない

と思っています。

妻の支えがあったからこそ、

少しずつ今の生活を作ることができました。

まとめ|失語症になっても、伝える方法は一つではない

脳梗塞で失語症になったとき、

私は、

もう以前のようにはできない

と思うことがありました。

確かに、

できなくなったことはあります。

今でも難しいこともあります。

でも、

文字。

スマートフォン。

SNS。

ChatGPT。

そして、周りの人の力。

いろいろな方法を使うことで、

伝えられることは増えました。

失語症になって感じたのは、

以前とまったく同じ自分に戻ることだけが、前に進むことではないということです。

今の自分に合う方法を探す。

少しできたことを重ねる。

私は、その繰り返しでここまで来ました。

この記事が、失語症と向き合っている方や、そのご家族にとって、

「伝える方法は一つではない」

と思えるきっかけになればうれしいです。

脳梗塞で失語症になった私が、左手とAIを使いながら少しずつ再出発している様子を表したアイキャッチ画像

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この記事を書いた人

Shige(しげ)のアバター Shige(しげ) しげ|60代からのAI副業ナビゲーター

2022年の脳梗塞で、右麻痺と失語症が残りました。前と同じ働き方は難しくなりましたが、AIを取り入れることで、左手でも続けられる発信・在宅ワーク・投資の仕組みを作っています。

このブログでは、50代・60代の方が迷わず進められるように、手順をできるだけシンプルに整理して、「無理なく続くやり方」を具体的に、やさしく解説します。

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